母親学級にいきました

産院で行っている、母親学級に行ってきました。
今日は陣痛について学んできました。
呼吸法が多すぎて覚えられるかが不安になってきています。
いざ、その時に思い出してその呼吸法ができるのかとても自信がないです!
そして、むくみが始まるので指輪を取っておくように言われたので、帰ってから初めて薬指の結婚指輪をはずそうとしてみたら、とれないのです!ぴったりというよりも、食い込んでいるかのように指輪がはまっていて、すでにむくみが始まってしまい、石鹸でなんとかして取りました!
痛かったです。
もし、出産の時、突然の帝王切開になった場合に、ここの病院は指輪が外れなかったらペンチで切ってしまうと聞き、それは嫌なので絶対に外しておかなくちゃ!と思ったので、特に必死でした。
でも、いざ外した指を見ると、寂しいですね!日焼けをしていて、指輪があったところがくっきりと白く残っていて、なんちゃって結婚指輪みたいになっています。
出産が終わるまではネックレスに通しておきたいと思います。

妊娠とはすごい奇跡的な事

結婚すれば、妊娠なんてすぐだろうと思っていました。しかし、普通に暮らしていましたが、全くできる気配がありませんでした。1年以上がすぎ、30歳を超えていたので、少し焦りを感じてきました。なので会社の人に相談してみました。セックスした後、仰向けの状態で足をあげればよいとか、精子はお腹の中に3日間とどまるし、毎日すると精子の力が弱くなるので、3日に1回すれば良いとか、体を温めたほうが良いとか、たくさんアドバイスをもらいました。聞いた事はすべて試しました。タバコもやめました。すると、妊娠できました。何が効果的だったのかはわかりません。何も意識しませんでしたが出産後、1年ほどで2人目を妊娠する事ができました。2人目が3歳になったので、もう一人ほしくて頑張っていますができません。もう3年になります。
だから、子供を授かるというのは、何かをしたからできるというのではなく、本当に奇跡的な事なんだと思います。もう一人、私の所に赤ちゃんが来てくれるのを願ってがんばります。

出産は大仕事だと再認識しよう

妊娠したら、当たり前のように元気に子供が生まれると考えている人も多いのですが、妊娠中にも自分の身体以外の異常で流産してしまったり、体調の変化で胎児に影響がでてしまう事は妊娠したら本格的に学ぶと良いと思います。そして妊娠中に学ぶ事でもう一つ大事な事は、出産することの大変さです。妊娠は病気ではないですが、自身にも胎児にも命に係わる大事なことで、それは今も昔も変わらないという事です。出産はどんな手段を選んでも危険が伴い、出産に挑む女性にも十分な体力が必要な大仕事なのです。出産時に胎児に臍の緒が巻きついてしまったり、出血が多くなるなど異常が起こることもあります。それだけ出産はスムーズに進むほうがラッキーで稀なんだと認識する方がいいです。旦那さんやご家族だけが認識するよりも、小学校の時代からでも妊娠出産の大事な事を少しでも教えるようにして、どんな人でも妊娠や出産について知っておくことが必要だと思います。

2人目のつわり

1人目のときにはほとんどなかったつわり。それが2人目のときには、想像もしてなかったくらいの壮絶なつわりで、本当にまいりました。

つわりが始まったのは5wごろから。
とにかく何を食べても吐く。果物も、ゼリーも。ひどいときには水もアウト。そしてテレビから流れるCMなどの食べ物にも反応して、とにかく嘔吐しまくりました。

3歳の息子を連れて実家に帰り、ひたすら横になり、吐くだけの生活。
天井を見ながら涙が止まらなかったです。

なんで妊娠したんだろうなんてことまで考えてしまいました。
結局体重もマイナス7キロ。

ちょうどつわり真っ最中の時期に息子の幼稚園の入園面接等があり、ふらふらになりながら幼稚園に行きましたが、ママ友さんにもあまりの衰弱ぶりに驚かれ、今でもそのときの話になったりします。ガリガリだったのが衝撃だったようです。

つわりが落ち着いたのは、妊娠6ヶ月ごろからでした。
少しずつ食欲がでてきて、食べられるものも増えてきて、自宅にもどりました。周りの人にたくさん助けられました。

今ではそのつわりも…まあ経験としていい思い出です。
でも、1人目のときにあのつわりを経験していたら、2人目は考えられなかったかもしれません。

予想外のところでしんどかった

予定日の翌日になり、陣痛が強くなって夜中に入院しました。陣痛の間は痛いというよりもいきみを我慢しなくてはいけないのがしんどかったです。痛みに耐えながら呼吸をするのは難しいもの。呼吸をしようと思えば叫ばずにはいられないのです。

助産師さんに「息を止めると赤ちゃんが苦しいから、息止めるくらいなら叫んでいいよ」と言われたので遠慮なく叫んでいました。そんなこんなで早朝に子宮口が全開になり、分娩室に行くことに。すると、その時になって赤ちゃんの顔が上向きかもしれない疑惑が発生したのです。

上向きのままでも不可能ではないが、場合によっては出てこれないこともあるので骨盤のレントゲンを撮ることになったのです。これがきつい。本館の5階から別館の地下1階に移動し(もちろん車いすでしたが)、子宮口が全開になって陣痛の間隔も狭くなって痛みも強い段階でまっすぐ立ってじっとしなくてはいけないのですから。

結局、ちゃんと下向きになって無事出産できました。この一連の流れでお産が進んでしまったのか分娩台に乗った時には頭が出ていて20分ほどで生まれました。

4度の妊娠

私は4回妊娠しましたが、1回目は初期流産、2、3回目は正常妊娠、4回目は子宮外妊娠で、卵巣を一つとりました。

初めての妊娠はすごく大喜びで、私はかなり早い段階でつわりがあったので、すぐに病院にいき、わかればみんなに話をしてただけに、急にお腹が痛くなり出血して、流産したときはみんなも反応しづらいようでしたし、私も精神的にかなりのショックでした。私は欠陥なんだろうかなどと考え、しばらくずっと落ち込んでました。

しかしまた半年後妊娠しました。一度妊娠したら、すぐはできやすいと先生からも聞いてたので、嬉しかったのですが、今回もまた前と同じではないかと考えると怖くて六カ月すぎるまでは主人と2人だけしか知らない事実でした。無事産まれた時の感動は今も忘れません。3回目の妊娠は出産から1年後くらいでした。その子は逆子でした。普通に産まれてくることが当たり前でないことを実感しました。

4回は下の子が5歳の時、次は卵管に着床したから、これでは妊娠は諦めて下さい。卵管が破裂することも考えられるので、至急手術で卵巣をとりますとのこと。頭が真っ白に、手術?またトラブル?私なんでこんなに運悪い?などと考えました。一つあればまた妊娠できますよ。と簡単に話す先生。確かにですが、やはり手術は怖かったです。

しかし私には2人の元気な子供が産まれてくれました。そのことに感謝しています。

妊娠中のつわり

私には2人の子どもがいますが、上の子(男)は吐きつわり、下の子(女)は食べつわりがありました。どちらかというと、吐きつわりの方が辛いです。何をしていても辛いし、吐きたいのに吐けなかったり、突然吐き気が襲って来たりして、実家の母の支援なしには生活できませんでした。それと比べ、食べつわりは「気持ち悪くなりそうだな」と思ったら飴を食べたりタブレットを食べたりすれば、ある程度しのげました。何かを食べれば解消されるといった解消方法があるだけでも、気分的には大分楽でした。

気持ち悪い他には、倦怠感が強かった吐きつわり。食べられないし気持ち悪いしで、体力まで奪われてしまったのかと、自分の不甲斐なさに落ち込みました。
双方共に4ヶ月半ばまで続いたつわりも、段々食べられるようになって生活が出来るようになって。5ヶ月を迎える頃には嘘のように楽になりました。
つわりって長く続くから本当に辛いんですが、赤ちゃんがちゃんと育ってるんだ!って言い聞かせてなんとか乗り切る事が出来ました。

出産は、女の人の大仕事です。

初めての出産ですから、私もどんな症状が産気づいたなど、私には解りません。里帰り出産で、実家へ帰っておりました。予定日を過ぎても赤ちゃんは私のおなかから出てくる気配がないのです。

予定日より6日過ぎた日、何かトイレへ行きたいような、便をもよおす様な変な感じなのです。その時は実家でありながら父と母は居なかったのです。普段私が住んでいますのは実家から50キロ程離れた今治市と言う所です。掃除してくれる為行っておりました。私が綺麗好きなので、妊婦の私のお願いを聞いてくれたのです。

ただその時は、トイレへ行きたいような感じ程度ですから良かったのです。そんな状態が30分位ありました。そのうち掃除をし終えた両親が帰って来ました。母は「それが、生まれる事よ」とあわてていいました。

夜間ですから県病院の裏門しか開いてなく、母と、私と荷物の風呂敷包みを持った父がいそいそはいりました。その時の母は余裕ある態度を感じ、父の方が、慌てておりました。40年程前の事ですが、この事ははっきりと覚えています。

すぐには、赤ちゃんは出てこなかったのですが、その時さすって下さった助産婦さんのさすり方は、とても痛みがきつい私に対して良かった事、今でも心に残っています。不思議ですよね。その時のさすり方は、母が摩ったより安心できました。

そうして皆さんのおかげで無事女の子を出産できました。現在では病院での出産は普通ですが、母が私を産んだ頃は、お嫁に行った先で、産婆さんに私をとりあげて頂いたと聞いております。勿論、母も若くて恥ずかしい気持ちもあったと思います。思春期の父の兄弟が何人もいる近くで産んだのですから。

夢で会ったね、赤ちゃん!

私は今まで3回妊娠しました。そして3回とも切迫早産や切迫流産となり、入院するはめになりました。たぶん、妊娠に耐えられない体質なんだと思います。

1度目の妊娠では、たった2ヶ月で流産してしまいました。それはそれはショックで、涙が止まりませんでした。

2度目の妊娠ではお腹がパンパンに張って苦しいことがよくありました。後期に入って少量の出血があり、病院に行くと、すぐ入院することになりました。ウテメリンというお腹の張りを抑える点滴をうち、1週間で退院できました。

3度目の妊娠が一番大変でした。なんと19週目で破水したのです。

その日は朝からお腹が張る感じが続いていたのですが、まだ1歳だった上の子のお世話に追われ、ゆっくり体を休めていられませんでした。夕方ごろに、お腹のなかで何かが「プチッ」と裂けるような感じがあり、同時に水のようなものが体の中から下りたように思いました。トイレで確認したら、確かに下着がぬれているのです。あわてて病院に行ったところ、破水反応がある、と言われ、またまた入院することに。外来から車いすで入院病棟に運ばれました。

お医者さんも看護師さんも、この状態ではすぐ陣痛がはじまってしまうだろうと思ったそうです。私は失意のどん底で病院のベットで横になりました。

けれどその晩、私は夢のなかで、元気な男の赤ちゃんを出産していたのです。朝になり、目が覚めた私は、「きっとこの子は助かる、元気に生まれてくる!」と、根拠はないけれどもそう確信していました。

その後、点滴につながれて寝たきりのまま数ヶ月を病院ですごし、赤ちゃんはきちんと出産予定日までお腹の中で育ちました。

出産は超がつくほど安産でした。そして、赤ちゃんは夢で見たとおりとても元気な男の子だったのです。

計画通りにはいかないもの

「0歳の4月でないと保育園に入れないし3歳差にするために、ふたりめは絶対年内に産みたい!上が男の子だから下は女の子産み分けするの。」

そんな話を聞くと、そんな計画通りにはいかないのになぁと内心苦笑いしてしまいます。私の場合は妊娠とか出産なんて想定外ばっかりでしたから。

上の子の時は、新婚旅行の計画中に妊娠がわかって、気をつけていたはずなのにあれ?そして初めての出産は病院でベルトコンベアー式に産まされるのは嫌なので、助産院でフリースタイル出産がいいわ、なんて思っていたのに、予定日過ぎて微弱陣痛は来ているのに、一向に出てくる気配はなく。おかしい、ということで提携病院にまわされて、渋々陣痛促進剤を使ってもまだダメで、とうとう「これ以上待てないから今日、帝王切開します」まさかのオペに大パニック!

時は流れてそれから数年後。

ひとりめの子育てもようやく慣れて落ち着いてきた頃、周囲からの「ふたりめは?」攻撃が始まり、長男の嫁として男の子をね、なんていう外圧もあって、また周囲のふたりめ妊娠ラッシュに流されるかのように、私も、3歳差でできれば秋までには産みたい、なんて先のママと同じようなことを騒いでみたものの、待てどくらせどコウノトリがやってくることはなく。

ようやく6歳差でできた!と思ったらお空に帰ってしまい。しかも自然に流れてくれなくてここでも辛いオペ。半ば諦めかけた頃にやってきてくれたふたりめ。妊婦が100人いたらここまでひどいつわりは7、8人というレベルで臨月まで吐き続け、水さえ受け付けずに脱水症状でプチ入院。さらに妊娠糖尿病の疑いまで。

さんざんな思いで産んだ下の子は上とナント6歳半差!思いっきり計画とは離れてしまいましたが、このぐらい離れたら孫みたいで可愛いし、上もヤキモチ焼いたりすることはなくとっても仲良し。

きっと計画通り3歳差で無事にすんなり産んでいたら今みたいに感謝する気持ちも持てなかったでしょう。だから、神様はきっとベストのタイミングでコウノトリを派遣してくださったのだと今は思います。